第20号
第2回「田島防災フェアー」7月20日〜21日開催される

昨年に引き続き今年も田島防災フェアーが梅雨明けの暑い中行われた。
飯塚まさよしも障害のある方やボランティアにまじり参加をした。

 この防災フェアーの主旨については、田島養護学校こどもとOBを支える親の会「いなほの会」ニュース 代表 渡辺 勝栄さんの第2回『田島防災フェアー』の開催についてより掲載すると『災害時、家を失った人たちは、避難所で共同生活をすることとなる。長期間の避難所生活で、福祉的な援助を必要とする人たちの生活は、悲惨なものであったことは一部記録でも伝わっている。
 避難所は特殊な状況であるため、時間が経るにつれ、ある程度全体優先のルール(トイレ、入浴、食事で列に並ぶ等)ができてくる。集団全体が援助を必要としている場合、長期間避難生活を送れない方々に対してのまわりの理解、援助の意識は低く、場を共有すること自体が双方のストレスとなっていく。施設の不便さよりもむしろ集団の中の人間関係や個別の援助の希薄さが「いられない」状況を作り、出て行くことで健康と安全が保障されている場から離れなければならない。 
 「いられない」ならば安心して「いられる」場所を作らなければならない。前回の防災フェアーの勉強会で市民防災研究所の岡島氏より自身の安全、親族の安否の確認が終わり、今後の生活について意識し始めるのが3日後であること、また行政援助やボランティアの活動もだいたい3日後から始まるという話をお聞きした。第一次避難としては生命の安全が最優先であるから、緊急の医療的配慮や、とりあえずの食料、飲料水の確保のため広域指定の避難場所にいくことが自然であろう。
 「いられない」状況からの移動は発生から3日後と考えた。ではどこへ避難すればよいのか。
 この防災フェアーの取り組みはそのための場所(二次避難)として福祉ゾーンを位置付けたいという主旨なのである。
そもそもいなほの会が取り組んでいる田島福祉ゾーンは、障害児者、お年寄り、こどもたちの総合的な福祉のセンターとして位置づけている。防災機能は不可欠であり、避難場所としての整備も重要な主旨の一つである。
 根気強く取り組みを続け、資料を蓄積することで、この災害弱者(長期にわたって広域避難場所にとどまれない人たち)を対象とした、第二次避難場所の設定を施策に取り入れるよう行政に訴えていきたい。』ということである。
<訓練内容>
実施日: 2002年7月20日(土)〜21日(日)
想定災害名: 神奈川東部地震(M7〜8)
訓練名: 緊急避難場所から長期生活の場への移動訓練と宿泊体験(震災発生より3日後想定)
対象: 地域内の障害者等災害弱者(保護者、教職員はボランティアの位置付け)
<時程>
7月20日(土)
12:00
12:30
13:00
14:00
16:00

16:30
18:00
19:00
21:00
22:00
 ボランティア集合
 状況の把握と指示書の配布
 緊急避難場所へ出発(徒歩・車)
 移動開始
 学校着
 調理班・レク班準備(調理室・体育館)
 市長・教育長を迎えてミーティング
 夕食
 レクリエーション(体育館)
 花火
 就寝
7月21日(日)
7:00
8:00
9:00
9:30
12:00
 起床・洗面等
 朝食
 集合・グループ分け
 防災訓練・体験等
 解散
飯塚まさよしの感想
 昨年に比べ、障害者の方々の参加も63人、ボランティアも約200人と規模も倍になった。しっかりと定着してきたが、まだ課題もある。例えば、田島養護学校が広域二次避難所になっていないことなど今後粘り強く運動を進めていかなければならない。
障害者の方を迎えに出発する
ボランティアの皆さん
体育館で市長の挨拶を受ける
川崎田島ライオンズクラブ提供の焼肉をいただく 閉会式で及川川崎消防署長より
今回の防災フェアーの講評を受ける

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