第50号
富川視察報告

<はじめに>
 今回の富川市民訪問団の目的は4つありました。第1に、商工会議所間交流をはじめとする両市の経済交流。第2に両国の映画人の交流をつうじてビジネスチャンスの実現。第3に還暦古希野球人および少年野球相互の交流試合の実現を進めることでした。第4に富川川崎市民交流会共同代表李時載教授から昨年提案をうけた環境問題をテーマとして日中韓3ヶ国市民代表による会議開催について具体的回答を返すことでした。
 いずれも大きな課題ですが一定の前進が図られたと自負しています。まず経済交流については、両市会議所トップ会談の実現と10月に予定している商談説明会への招聘とロボット市場開拓団の日本訪問うけ入れの提案がありました。一歩進んだ感があります。次に映画人の交流はとりあえず情報交換ではありましたが韓国・映像事情がよく解りました。どうビジネス交流につなげていくかは今後の課題といえます。さらにスポーツ交流、特に今回の参加者である川崎市スポーツ協会斉藤会長、還暦・古希野球連合大森事務局長、桜川少年野球連盟山口会長から金晩洙富川市長に交流試合の打診が行われ、金市長もいくつかの団体にあたってみると約束されました。野球の盛んな国ですので期待しています。そして年内秋口には中国で川崎・富川・中国の市民団体が一堂に会して日中韓3ヵ国市民会議を開催することを確認しました。
 こうした成果を踏えて今後のとりくみについてつよく感じたことがあります。富川市と川崎市が友好都市提携して15年。それぞれが1度程職員派遣を見送ったことがありますが、改めて派遣職員の意義を実感しました。これまではどちらかといえば何でも見てやろう的な巾広く知識を得ていく職員派遣からむしろ専門性に特化したたとえばロボット研究や市場調査などが必要といえます。

4月26日(木)
<第21次川崎市民富川訪問団出発>
 −富川商工会議所・富川保護観察所訪問−

 午前9時10分アシアナ航空OZ1075便は定刻を10分遅れで羽田空港を出発。訪問団員は山田川崎商工会議所会頭をはじめ添乗員を含めて19名の構成で多士済々の顔ぶれとなっています。
 午前11時30分金浦空港に到着。入国カウンターは入国に際して指紋と顔写真の撮影が義務化されたせいか、大変な混雑で入国手続きに手間取りました。旅行社がチャーターしたバスに乗り、約30分で富川市内に入りました。鴨料理の「オリハウス」で昼食をとったあと最初の視察地富川スタジアムを見学しました。2003年の日韓共同開催のサッカーワールドカップにはグランド内も応援団でいっぱいとなりスタンドの3万5千人を合わせて計10万人で埋まりました。数年前までKリーグ1部[SKチーム」が本拠地としていましたが、済州市へ本拠地を移し、今は1部リーグは富川にはいないそうです。この日京幾道女性サッカーチームの試合が予定され練習が始まっていました。この施設観客席の1階部分は多目的に利用され、篤志家が寄贈した「学校教育博物館」、「陶器博物館」などがあります。午後4時より本日の主目的である富川商工会議所表敬訪問を行いました。市内中小企業3万社を擁する組織だけあって建物も立派です。
 趙成萬会長は4月就任したばかりで見るからに若々しい。富川市は人口90万人、市内には3万社の企業があり、そのうち100人未満の中小企業は8千社。このあたりも本市とよく似ています。すでに1970年富川テクノクラスターを設立し、会議所は主に調査研究を行い、中小企業への経営支援策としてガイドマップの作成やインターン制の導入などを進めてきました。国際通商支援に力を注ぎ商談説明会などの開催を通じてビジネスマッチングに取り組んできました。ISO認証資格取得支援や会員の従業員教育なども重点的に行い一定の成果が上がってきています。
 特に最近、照明・ロボット・漫画・金型・映像の5産業分野での伸長がめざましく韓国内でも注目されているといいます。
 そこで山田会頭から質問が出ました。企業進出に対する受け入れはどうかというクエスチョンに趙会長は工場用地などは京幾道として無償貸与など便宜供与は一部あるが人材供給がうまくいっていない面もあると答えました。この辺が、富川産業振興財団が予定している10月商談説明会のテーマになるかもしれません。
 時刻は午後5時を回りました。今回の参加者のうち保護司をお努めの山口良春氏より韓国の更生保護行政を視察したいとの提案があり、富川保護観察所を視察しました。まず驚いたのは富川保護観察所には所長をはじめ24名の職員が配置されていることです。韓国全土で見ると保護観察所16ヶ所、支所40ヶ所計56ヶ所。我が国は保護観察所47ヶ所です。人口比は3倍、つまりきめ細かさは我が国の3倍以上です。次に驚いたのは性犯罪者に対して足輪を着け,GPSで行動を管理する「電子監督」を行っていることです。日本から取材希望があったといいます。この辺に質問が集中しました。
最後にイム・デョン所長から川崎市の保護司との意見交流を求められます。予定時間をオーバーしての交流となりました。
夜は富川川崎市民交流会主催の熱烈歓迎会となりました。
富川川崎市民交流会は事務局長が尹丙國議員からパク・チョンソン氏へ変り、事務局体制も若返りました。

4月27日(金)
<朝から晩まで交流がつづく>
 −圧巻は富川フィルハーモニーオーケストラ 定期演奏会に招待をうける−

 午前10時から富川産業振興財団に於いて、李本部長より事業プレゼンテーションをうけました。
職員は31名で、中小企業全般特にロボット産業の育成に力を入れています。昨日の商工会議所の説明と共通しているのはLED照明産業、文化産業そしてアニメと映像産業に重点を置いているということです。
 驚いたのはロボット産業が全国で300社あり、そのうち富川には200社が集積しているといいます。産業クラスターに入居している22社は恐らく模範企業でしょう。
 そこで10月16日の商談説明会に川崎から大勢の企業に参加してもらいたいとの提案が行われました。もう一つは「ロボット市場開拓団」を提起し10社を選定し外国に出かけています。川崎にも2009年KSPで行われた「テクノトランスファー」に参加しているが単発で終っているといいます。私から何故単発で終わったのかと質問しました。本部長は予算にあるといいます。そこで山田会頭からズバリ一言。日本には「石橋をたたいて渡る」という諺があります。最近の日本の傾向は「石橋をたたいても渡らない」という慎重さが目立ちます。今必要なのは大胆さであります。やれることをどんな小さなことでもいい、踏み出してみるべきであります。山田会頭の見識に皆感銘したようでした。時間もおしてきました。
 せっかく来たのだから施設見学をしてもらいたいといわれ、駆け足で展示室を見ました。介護ロボットもあります。製品レベルでは日本をこえている部分もあるようです。私も素人なので日本と比較した話はわかりませんが、今後のビジネスマッチングという観点では、例えば部品や金型での技術交流も可能ではないかと思います。議長応接室に11時に入りました。金寛珠議長は民主党所属で3期、行政学博士でもあります。開けっぴろげでおもしろい。前の市長が提案した火葬場建設には身体を張って阻止したといいます。(議長席を占拠して審議を打ち切らせたとのこと。)自分は火葬場そのものには反対していない。人口密集率の高い富川ではなく近隣の余地を持つ自治体に建設していただき、広域一部事務組合で運営してもらいたいと釘を指すことも忘れませんでした。
 本会議場で記念撮影してすぐ近くの「キュウリ サムゲタン」で金議長と昼食を共にしました。
 次の会合予定が2時からの市長表敬というと議長室で休憩しろといわれました。好意に甘んじようと思い、映画「リング」プロデューサー チョンテソプ氏との懇談はチッタエンタテーメント土岐取締役、土屋課長、かわさきMOVE・ART・○○(オーエン)隊、寺川事務局長、平田郵便事業港支店長、そして山田会頭5名にお任せしました。山田会頭は2時よりの市長表敬に参加するため中座しましたが4名の懇談は3時近くまでおよびました。韓国の映画事情についてこと細かくチョンプロデューサーより語っていただいたとのことです。ビジネスマッチングが成功することを期待したいと思います。市庁舎1階のロビーには売店と友好都市からの土産が飾ってあります。2003年に訪問した際、持参した故遠藤忠三郎さんの手による貼り絵が飾ってあります。懐しいの一言に尽きます。後日遠藤さんの御遺族にその写真をお見せすると喜んでいただきました。
 本日のメーンイベント金晩洙(キムマンス)市長表敬訪問が行われました。先程の4名はひきつづき映画プロデューサー チョンテソブ氏との懇談を継続しています。
 まず私から昨年9月友好都市提携15周年を記念して川崎市を訪問され、多額の富川市民よりの義援金を届けていただいたことへの感謝を申上げました。そして友好都市締結以来つづいてきた職員派遣が川崎市の理由によって従来の12ヶ月を10ヶ月に短縮したこと、結果として派遣が隔年となったことについて率直におわびをしました。今回の我々の訪問は会議所間の経済交流、そして現在同時進行している映像文化交流、さらにスポーツ交流を目的として行なわれたことを述べました。
 特にスポーツ分野では川崎市スポーツ協会斉藤会長、桜川少年野球連盟山口会長、古希還暦野球連合会大森事務局長が参加し、公式ボールがプレゼントされました。ぜひ金市長に少年、還暦野球の交流を図ってもらいたいと申上げました。金市長も少年時代野球をやっていただけに、プレゼントした日本の公式ボールを握りながら、交流の可能性を追求したいと前向きな答えをいただきました。映像交流の皆さんと合流して午後3時より中洞(チュンドン)市場を視察し、午後5時よりマンガ映像振興院を視察しました。すぐ近くには映像団地が整備されています。つまり映像作家の育成と富川漫画ミュージアムを一体的に、国の支援をうけながら展開しようとしていることがよくわかります。
 この日、最後の交流のプログラムは富川フィルハーモニーオーケストラの定期演奏会に出席することになりました。そういえば先程市長にシンフォニーホール建設計画は進んでいるかと尋ねると「昨日から始まった定例議会に建設案を提案しているが通るかどうか微妙」といわれました。
 この日の演奏会は映画音楽が中心で子どもも多く参加していました。子どもたちのマナーがいいのには驚かされました。

4月28日(土)
<世界文化遺産水原華城(スウォンファソン)を見学>

 京幾道の道庁所在地である水原(スウォン)には1997年ユネスコから世界文化遺産として登録された水原華城(スウォンファソン)があります。これまで20回をこえて韓国を訪問しましたが、未だ視察をしたことがないので今回水原華城見学会を計画しました。
 帰りの便の都合もあり出発を早め、午前8時30分にホテルを出発、1時間で水原に到着しました。水原華城は5.6kmの城郭で囲まれています。韓国弓の練習場「練武台」から「長安門」まで徒歩で約1時間見学しました。この日週末とあって子どもを引率したグループが多いようです。韓国の教育熱心さが伝わってきました。
 この水原華城、着工は1794年、2年9ヶ月の歳月をかけ1796年に完工しました。世界で最初のクレーン(拳重機)、労役に初めて賃金が支払われるなど驚きの連続でした。できることなら1日かけて周囲5.6qの城郭を巡ってみたいものです。

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