川崎評論-首里城に甦える佐藤惣之助の詩歌碑 VolⅡ

◇第一幕 【那覇市議会首里城公園に移設決議 】
2018年川崎評論Vol37に「首里城に甦える佐藤惣之助の詩歌碑」と題する拙文を載せていただきました。その後のとりくみを報告します。
佐藤惣之助の詩歌碑の首里城公園への復帰運動は、2017年10月那覇市長・市議会への、川崎市議会議員全員の要請署名により、那覇市議会を動かし、2018年6月8日本会議において首里城公園内の適地に移設することが採択されたとの報告が私の一般質問に対する鈴木賢二市民文化局長の川崎市議会本会議答弁で明らかになりました。

◎飯塚正良ウォーキングダイアリーより
<市議会一般質問 ―詩人佐藤惣之助と古江亮仁氏の再評価について―>
2018年6月26日(火)
6月26日、一般質問で詩人佐藤惣之助、日本民家園初代園長古江亮仁氏の再評価を求めました。市民文化局長、教育長からこの間の再評価の動きを報告していただきました。那覇市議会6月定例会で、初めて佐藤惣之助の詩歌碑の首里城公園への移設が議決されたことも、市民文化局長の答弁で明らかになりました。移設の暁には、沖縄惣之助詩歌碑ツアーが計画されていること。これまでの経過説明板の設置に向けて、教育長が支援を約束。佐藤惣之助の詩歌碑が今、甦ろうとしています。映画“川崎と沖縄の友好の絆”も楽しみです。

◎2018年 第2回定例会 6月26日議事録
飯塚:れでは、詩人佐藤惣之助、古江亮仁元日本民家園館長の再評価について伺いたいと思います。詩人の佐藤惣之助の再評価が始まりました。東海道かわさき宿交流館で、ちょうど
6月24日-おとといまで1ヶ月半にわたって佐藤惣之助展が行われました。また、惣之助の生涯を描く記録映画「川崎と沖縄の友好の絆」、これは仮題でありますが、これが来年の5月15日、惣之助の命日を目指して制作中と伺っています。沖縄を旅して記した琉球諸嶋風物詩集を初め、惣之助は沖縄と川崎とのかけ橋だったと言えます。改めて、佐藤惣之助の評価を市民文化局長に伺います。

市民文化局長(鈴木賢二)佐藤惣之助氏についての御質問でございますが、同氏は大正から昭和初期にかけて活躍した詩人で、現在の川崎区砂子にあった東海道川崎宿の名家に生まれ、多くの詩や小説、戯曲のほか、歌謡曲の作詞も手がけ、数々のヒット作を生み出す一方、川崎小唄、川崎音頭の作詞や、高津区溝口の国木田独歩の記念碑建立の発案など、川崎市における文化活動に大きく貢献されております。また、大正11年に沖縄本島や慶良間諸島などに旅をし、琉球諸嶋風物詩集の執筆や、本市内の工場で働く沖縄出身者が中心となった芸能大会に激励に訪れるなど、沖縄とのかかわりも深かったと聞いております。なお、川崎、とりわけ東海道川崎宿にゆかりのある人物として本年5月8日から6月24日まで東海道かわさき宿交流館で佐藤惣之助展が開催され、川崎が生んだ詩人としてその生涯が紹介されたところでございます。

飯塚:来年、第7回の川崎郷土・市民劇の主人公が故古江亮仁氏に決まりました。古江氏は日本民家園の建設を初め、多くの業績を川崎の教育行政の中に残してまいりました。さらに、古江氏のすばらしい業績は沖縄芸能研究会を川崎市の無形文化財に認定させたこととも言われています。古江氏の評価を教育長に伺います。

教育長(渡邊直美):古江亮仁氏についての御質問でございますが、古江氏は大正大学教授を経て、昭和26年に本市教育委員会事務局社会教育課に入所され、初代の日本民家園長として日本民家園の開設と古民家の保存活用に尽力されるなど、本市の文化財行政の黎明期において中心的な役割を担ってこられました。また、古江氏は沖縄芸能が本市において伝えられてきた歴史的な意義やすぐれた芸術性にいち早く着目され、無形文化財としての指定やその伝承のための支援に熱意を注がれ、沖縄ゆかりの皆様から尊敬を得てこられたものと伺っております。本市におきましては、このような先見性のある古江氏の業績に対しまして、平成5年度には川崎市文化賞が贈呈されるなど、その功績がたたえられてきたところでございます。

飯塚:古江氏は昭和34年、佐藤惣之助ゆかりの地沖縄首里城に詩歌碑の建立を川崎市を挙げて取り組んでまいりました。そして、首里城整備のため、この佐藤惣之助の詩歌碑が遠隔地であります虎瀬公園に移設をされ、その碑をいよいよまたもとの首里城公園に移設するとの答弁が6月那覇市議会で那覇市長-城間市長よりあったと仄聞しますが、経過につきまして市民文化局長に伺います。

市民文化局長(鈴木賢二):佐藤惣之助詩歌碑の移設についての御質問でございますが、本年6月8日の那覇市議会本会議において、昨年10月4日に詩歌碑の移設を求める陳情が採択され、他方、詩歌碑を現在ある場所に残す等の陳情については採択されなかったことについて、詩歌碑の設置されている地元自治会に対し説明した旨答弁されたと伺っております。また、沖縄県から那覇市が新たに提示された移設候補地は首里城公園内にあり、人通りの多さも予想される場所であることから、移設先として適切な場所と認識していると答弁されたとのことでございます。

飯塚:川崎沖縄県人会、川崎今昔会-これは佐藤惣之助が闇汁を好んで、その佐藤惣之助にちなんでつくった川崎今昔会でありますが、この両団体が中心となりまして、もとの首里城公園に移設の説明看板を惣之助の詩歌碑の脇に建立する計画が現在、進行しています。教育委員会として、カルッツ川崎の前にも佐藤惣之助へ贈られた武者小路実篤の揮毫の説明文がございますが、これについても、ぜひ協力すべきと考えますが、改めて教育長に伺います。

教育長(渡邊直美):那覇市に所在する佐藤惣之助詩歌碑についての御質問でございますが、川崎が生んだ詩人佐藤惣之助の詩歌碑につきましては、本市と沖縄との友好と交流の歴史を物語る貴重な碑であると考えております。教育委員会といたしましては、那覇市による詩歌碑の再移設に向けた検討状況や川崎沖縄県人会などの皆様による取り組みの状況などを伺いながら、関係局とも連携し、資料提供など必要な支援を行ってまいりたいと存じます。

飯塚:説明看板設置に向けた寄附金活動などもほぼ達成をしたようであります。移設後には川崎から訪問団を組織しようではないかという、こんな計画も先ほどの川崎沖縄県会あるいは川崎今昔会の中から生まれているようであります。来年の5月15日が惣之助の命日でもございますので、ぜひ5月15日ころを見込んで、そのような計画もできたらと思っております。市民文化局長あるいは教育長から大変前向きな御答弁をいただきました。ぜひ十分に御協力をいただきますように要望して、最後の質問に移りたいと思います。

いよいよ惣之助詩歌碑の移設運動は第一幕のピークを迎えました。
川崎では、川崎沖縄県人会を中心に佐藤惣之助詩歌碑の移設に伴う説明板設置支援募金活動が粘りづよく続けられていました。

◇第二幕 【まぼろしの那覇市長・議長表敬訪問】
那覇市議会全会一致の移設決議をうけて佐藤惣之助詩歌碑の移設を考える会、山川宗徹代表から川崎沖縄県人会比嘉会長にメールが寄せられました。2019年度予算に計上された詩歌碑移設に伴う「設計業務委託費」により、9、10月で設計作業が完了します。移設工事は2020年度になるか、2019年度補正予算という考えもあるようです。そこで説明板の内容や負担をどうするか、移設の速やかな実行を市長・議長に川崎市議会と川崎沖縄県人会が協力して要請を検討してもらえないかとのことでした。
早速、2017年川崎市議会全員署名をとりまとめた当時の市議会議長松原成文議員に相談すると快諾をいただき、私と連名で市長・議長に要請文を送付し各会派にも声をかけ訪問団を組織することになりました。

◎那覇市長、那覇市議会議長宛ての要請文 2019年9月25日

城間幹子 那覇市長
久高友弘 那覇市議会議長
川崎市議会議員
松原成文(前議長)
飯塚正良(元副議長)

佐藤惣之助詩歌碑の移転について(お願い)

川崎市が生んだ詩人佐藤惣之助の詩歌碑が、那覇市・川崎市の友好の証しとして建立され58年がすぎました。
首里城復元工事のため20年前に虎瀬公園に移転されましたが、今般那覇市および那覇市議会そして沖縄県の御尽力により、那覇市議会2月定例会に於いて、元の首里城公園への移設のための設計費が承認可決されたと伺いました。また設計作業も本年末までには終了するとのことです。
平成28年、川崎市議会議員全員で要請したことでもあり、移転に向け前進したことを喜んでいます。
ここに改めて那覇市・那覇市議会に以下の点について要望します。

1. 佐藤惣之助詩歌碑移転工事の早期着工

2. 川崎市側で計画しております同詩歌碑建立および移転の経過と佐藤惣之助のプロフィールなどを案内する説明版の設置許可

佐藤惣之助詩歌碑移転についての経過と那覇市訪問の目的

<経過>
川崎が生んだ詩人佐藤惣之助は沖縄をこよなく愛し、詩に詠んだ。そして沖縄を愛したもう一人、初代民家園館長古江亮仁の肝入で60年前、川崎市をあげて惣之助の詩歌碑を当時琉球大のキャンパスのあった首里城の一角に建設することになった。米ドルで100ドル、ざっと360万円の寄付が市民から集められ、詩歌碑は人間国宝の陶芸家濱田庄司の手による陶板焼で作られた。地元新聞によれば3日3晩詩歌碑落慶の宴がもたれ、沖縄最高峰の歌舞音曲の演奏者が祝ったという。
20年前、首里城復元計画が持ち上がり、詩歌碑は郊外の虎瀬公園へと移転を余儀なくされる。首里城は復元され修学旅行生の研修コースとなる一方、虎瀬公園には全く観光客はもとより修学旅行生も途絶えてしまった。こうした惨状に、沖縄県東京事務所所長を歴任し川崎の文化に造詣の深い山川宗徹氏が発起人代表となり「惣之助の詩歌碑移設を考える会」が設立された。
山川代表からの依頼で川崎市議会も松原議長時代に60名全員の署名で応援することになった。
本年2月那覇市議会定例会で詩歌碑の移設のための設計委託費が可決成立し、令和元年度中には設計が完了する予定となっている。

<訪問の目的>
友好都市である那覇市との関係では様々な分野で交流関係にある。特に知的財産権の分野ではすでに企業間の連携が始まっている。
こうした中で、本市の高校生の修学旅行の訪問先のトップは沖縄である。残念ながらその訪問先は首里城ではあっても、虎瀬公園はないのが現状である。
今回の那覇市長・市議会議長表敬は、まず佐藤惣之助の詩歌碑の首里城移転への御礼と、願わくば早期に移設を行っていただきこと。加えて川崎沖縄県人会、川崎今昔会などがとりくんできた「佐藤惣之助詩歌碑の移設の経過を記した説明板の設置」についても許可を求めるものである。

日程は12月19、20日の1泊2日。市長・議長との会見アポイントメントもとりつけました。ところが10月31日早朝世界遺産首里城の突然の火災により市長議長表敬訪問は中止の止むなきに至りました。その当時の山川宗徹代表へ送ったメールでのやりとりです。

◎山川宗徹さんとのメールのやりとり  2019年11月6日
山川宗徹様
首里城焼失誠に残念です。心からお見舞い申し上げます。
さて山川様より早速メールを頂戴いたしました。これまでの私どもの対応と経過について申し上げます。
焼失の当日、朝一番で久高議長と連絡を取りました。現地では緊急会議が招集され、まず情報収集に当たっているとのこと。川崎市議団訪問については受け入れは難しいのではという内容でした。私から今回の訪問は中止したい旨をお伝えしました。
直ちに参加者に対して今回の訪問は中止と申し上げました。川崎市長・議長と会い首里城焼失について来訪中止を報告しましたところ、友好都市でもありお見舞いを届けたいとの事でした。
今回同行を予定した比嘉会長、川崎沖縄芸能研究会名嘉会長にも相談し、まず首里城再建に協力し、行方を見守りたいという事になりました。
私の見解ですが、何よりも首里城再建を最優先したいと思います。その上でその動向を見守り、詩歌碑の移転はその時点で判断したいと思います。
山川様より要請のあった那覇市への要望につきましては別紙のとおり市長・議長宛てに前期松原議長と私の連名で9月25日付で提出してあります。

◎山川宗徹さんとのメールのやりとり  2019年11月7日
飯塚正良先生
御丁寧なメール拝受いたしました。いろいろとご配慮を頂き感謝申し上げます。文面にあります川崎側の対応すべて了解いたしました。
12月19日、20日の那覇市長、議会議長の訪問は、首里城の突然の火災で中止になりましたことは残念でしたが、賢明な判断をされたと思います。
昨日、久高議会議長と今後の詩歌碑移設の進捗について話合いました。彼は首里城の火災後の処処の問題は、かなり時間のかかることであり、ましてや復元までにはもっと長いスパンが必要であり、それと詩歌碑移設は別に考える。11月7日に予算計上されている「設計業務委託費」に係る入札にかけるので、業者の落札者が決まる。その後は内定している設置場所を県と那覇市で特定をして、設置範囲及び周辺の測量をして、図面に落とし、設計書を作成、その中に説明板の設置を取り入れて、移設等の理由づけを含めた申請書を作成して、市長名で県知事に申請をする。県では申請書を審査して移設場所の許可書を市へ交付します。このことは担当の市民文化部長や副部長、文化財課長も了解していて現在進めている事を久高議長が確認をしております。私が危惧していましたのは、予め設計書に説明板を入れて置くことでした。那覇市に送っていただいた文書の2.の中に明確に表記されたおかげで実現の可能性が見えてきましたので安堵いたしております。ありがとうございました。今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

佐藤惣之助詩歌碑の移設を考える会 会長山川宗徹拝

◇第三幕 【市・議会をあげて首里城復興支援へ】
◎飯塚正良ウォーキングダイアリーより
<川崎駅前で首里城復興支援の義援金活動を行う>    2019年11月17日
16、17日川崎駅前で川崎沖縄県人会の皆さんと首里城復興支援の義援金活動を行いました。17日には川崎市議会山崎議長、花輪副議長もかけつけ市民に訴えました。この義援金活動は来週も行われます。先日の記者会見で福田市長、山崎議長、比嘉川崎沖縄県人会長が同席し、川崎市も各区役所に義援金箱を置いて市民に協力を求めるとしています。市民の反応もよく、沖縄県那覇市とは友好都市だからこその取組と思います。

<川崎駅前で首里城復興支援の義援金活動を行う その②>2019年11月24日
23、24日川崎駅前で首里城復興支援の義援金活動を行いました。今日で4日目です。参加者も日増しに増えて大声を上げて、川崎市民に呼びかけました。
終了後川崎沖縄県人会比嘉会長から、お礼の挨拶がありました。総額百万円に達したのではないか。県人会に戻って計算して報告するそうです。沖縄県人会の力も凄い、同様に川崎市民の温かさに感動しました。
先週の日曜日には、川崎市議会山崎議長、花輪副議長も参加して義援金活動が展開されました。一日も早く沖縄の皆さんにお届けしたいですね!

追伸:比嘉会長からの連絡で4日間の総計は117万円になりました。あらためて川崎市民の皆さんに感謝です。

12月13日市議会本会議で福田市長に那覇市民にいかなるメッセージを送るのかと質問しました。市長は、友好都市として復興を願うメッセージを届け、11月15日より市議会・川崎沖縄県人会、川崎市による3者連合の募金箱を市役所・区役所・支所11カ所に設置していると答えました。さらに、佐藤惣之助詩歌碑の移設について質問すると、市民文化局長は11月13日那覇市では詩歌碑移設に係る設計業務委託契約を締結し、現在令和2年度の移設工事実施に向けて取り組んでいると伺っていますと答えました。

◎2019年 第5回定例会 12月13日議事録
飯塚:まず、首里城の復興支援につきまして伺います。10月31日早朝、世界文化遺産に登録されている沖縄県那覇市にある首里城が、電気系統の漏電と思われる出火から、ほぼ全焼するという大惨事となりました。那覇市の友好都市である本市としても、本市に居住する川崎沖縄県人会の皆さんとともに、復興支援に向けた義援金活動に立ち上がりました。山崎議長、花輪副議長にも御参加いただき、11月9日から4日間、川崎駅頭で募金活動が行われ、4日間で総額116万円が集まりました。また、市内の何軒かの飲食店には募金箱が以来置かれています。この募金活動に先立って福田市長も記者会見で比嘉川崎沖縄県人会長と同席し、復興支援に全力を傾けていくと表明されました。まず、市民文化局長にこれまでの本市として首里城復興に向けた取り組みの経過について伺います。

市民文化局長(向坂光浩):首里城の復興支援についての御質問でございますが、復興支援に向けた取り組みといたしまして、11月15日より市議会、川崎沖縄県人会、市による3者連名の募金箱を市役所及び区役所・支所の計11カ所に設置しております。また、これとあわせ、市ホームページのビジュアルエリアに首里城の画像及び再建を応援するメッセージを掲載するとともに、口座振込による寄附金を希望される方向けに川崎沖縄県人会や那覇市のホームページを案内するほか、11月21日号の市政だよりにも記事を掲載するなど、広く市民の皆様に首里城再建の支援を呼びかけているところでございます。

飯塚:3年前、本市と友好都市締結20周年を迎え、那覇市城間市長とともに、福田市長が記念植樹をしたヒカンザクラも富士見公園はぐくみの里で現在元気に育っています。
そこで、市長に、今回の首里城焼失を受け、再建に向けた那覇市長及び那覇市民への伝えたい思いについて伺います。また、機会を捉えて那覇市を訪問され、直接激励する計画などをつくれないのか、市長に伺います。

市長(福田紀彦):那覇市へのメッセージ等についての御質問でございますが、首里城の焼失は大変残念なことであり、友好都市として改めてお見舞いを申し上げます。火災鎮火後、すぐに那覇市長宛てにお見舞いと復興を願うメッセージをお届けしておりますが、その再建を応援していくため、市議会、川崎沖縄県人会と連携して募金や寄附の呼びかけを行っているところでございます。那覇市への訪問等につきましては、現時点で訪問する予定はございませんが、友好都市として息の長い支援を続け、交流と相互理解を深めてまいりたいと考えております。

飯塚:市長、ぜひ現地に訪問されて激励をされるようお願いしたいと思います。先日、那覇市の知り合いから、川崎市市民ミュージアムの台風19号による被災に対して、これからですが、募金など支援の声が起こっているという報告をいただきました。また、地元の報道機関もこうした取り組みに協力をして情報発信したいという依頼などもございました。市民ミュージアムの被災の現状と、これに対する支援の動きについて、市民文化局長に伺います。
市民文化局長(向坂光浩)川崎市市民ミュージアムについての御質問でございますが、台風第19号による地階への水の流入により、電気、空調設備が使用不能となるとともに、9つの収蔵庫が全て浸水し、多くの収蔵品が被害を受けております。現在、国立文化財機構などから派遣される専門家の助言を得ながら、収蔵品のレスキュー作業を進めるとともに、ふるさと応援寄附金に収蔵品の修復のためのメニューを追加し、御支援をお願いしております。こうした中で、沖縄の新聞社からは、市民ミュージアムの支援を目的として、被災状況や沖縄とのつながりなどについての取材を受けたところでございます。

飯塚:沖縄関連の文化的な遺物も収蔵されていると伺っておりますし、この後の質問にございます佐藤惣之助関連の資料などもあるようでございます。沖縄からも支援の声が上がってくるということでございますので、ぜひしっかりと対応をお願い申し上げたいと思います。
次の質問に移らさせていただきます。佐藤惣之助の詩歌碑の移転につきまして本議会でも何度か質問させていただきました。移転先が首里城公園の一角ということもございまして、今回の大惨事に対して詩歌碑の移転など到底考えられない、まず復興が大事と思っておりましたが、先日、那覇市の当局者から、11月8日に佐藤惣之助詩歌碑移転のための設計委託の入札が行われ、業者が決定し、今の首里城公園である首里城跡に設置されたが虎瀬公園に移設され、再度首里城公園へ移設となったこれまでの経過を記した説明板の設置もその仕様書には付されているとのことでありました。さらに、移転用地は立入禁止区域外であるというお話もございまいして、この予定は今回の首里城の再建とは別の組み立てとして進行し始めているというお話でございました。そこで、これから移設のための設計が完了する中で、移設の予算の手続、工事概要や工事期間が示されると思いますが、あわせて市民文化局長に伺います。

市民文化局長(向坂光浩):佐藤惣之助詩歌碑の移設についての御質問でございますが、那覇市では11月13日詩歌碑移設に係る設計業務委託契約を締結し、現在、令和2年度の移設工事の実施に向けて取り組んでいるところと伺っております。また、最終的な移設候補地や説明板の設置については、公園を管理する沖縄県と引き続き調整を行っており、移設工事の着工、竣工時期はまだ確定していないとのことでございます。

飯塚:ありがとうございました。今、答弁によりますと、11月13日に具体的に事業者が決まって契約が済んだということでございますので、もう既に令和2年度の事業に向かって那覇市では着々と準備が進んでいるようであります。先日、惣之助の誕生日に闇汁会がございまして、惣之助の顕彰会の皆さんといろんなお話をさせていただいて、川崎からもその移設が完了したときには大訪問団を組織しようじゃないかと、こんなお話もあるようでございますので、ぜひこうした進行する事態にしっかりと合わせた取り組みを本市としてもお願い申し上げたいと思います。

◇第四幕 【令和2年度那覇市議会予算案に、「川崎市民の思いを受け、首里城公園に移設」明記】
令和2年2月6日、山川宗徹さんから比嘉さん宛にメールが送付されました。いよいよ令和2年度那覇市議会予算案に「佐藤惣之助詩歌碑事業碑」11,925.000円が計上されました。その説明概要に「那覇市議会における全会一致での移設陳情が採択、川崎市民の思いを受け、首里城公園に移設します」との明文がしるされていると伝えています。

◎沖縄県人会会長比嘉孝さんと山川宗徹さんとのメールのやりとり  2020年2月6日
比嘉さん、あけましておめでとうございます。
昨年は、那覇市が惣之助詩歌碑の移設に係る「設計業務委託費」が計上されて、(株)国建が受託して現在準備に取り掛かっているところです。昨日は那覇市の令和2年度の新年度予算案が出来上がり、その中に、「佐藤惣之助詩歌碑移設事業費」11925千円が計上されました。その予算の説明概要は「那覇市議会における全会一致での移設陳情が採択、川崎市民の思いを受け、佐藤惣之助詩歌碑を首里城公園に移設します」との明文が記されました。
いよいよ4月から始まる次年度はこの予算を使って移設事業が実現し、首里城公園に移設建立されることが現実になってきました。これまでの比嘉さん始め川崎の方々のご協力、ご尽力に心から感謝を申し上げます。
昨日、那覇市歴史博物館学芸員の外間政明君からメールで、説明板の設置で比嘉さんと連絡を取り合っているとの事がありました、その際「音曲装置」については設置予算や維持費がかかることから市の内部で検討の結果設置できないとの事でした。このことは比嘉県人会長、喜屋武監督にも理解を得ているとの事でしたので私も了解しました。但し説明板については設置する事を検討しており、川崎側と調整するとの事です。この際、「宵夏」の冒頭の詩文だけでは惣之助や詩文の思い、意味が良く伝わらないとの惣之助の門下で惣之助が立ち上げた『詩の家」を引き継いだ藤田三郎氏が指摘しているように、説明板にはぜひ「宵夏」の全文を掲載するようにご配慮をお願いいたします。
とりあえず現状をご報告いたします。飯塚議員、そのほかの関係者に以上の事をお伝えいただきますよう。今後とも何卒よろしくお願い致します。 山川宗徹拝。

◎沖縄県人会会長比嘉孝さんと山川宗徹さんとのメールのやりとり  2020年2月7日

山川様
毎々お世話になっております。
嬉しいお知らせありがとうございます。
やっとここまで来たかの心境ですね!
飯塚川崎市議員さん、喜屋武監督さん、沖縄グラフ山川夏子さん、関係者連絡しました。
皆様大喜びです。除幕式にはツアー組んで出かけましょうと話してます。
喜屋武さんが近いうち沖縄に行くそうです。その時に議長や外間さんと説明版の話をしますと言っていました。
11,925千円の中に説明版の予算がどれくらいあるかの確認が必要!ということです。
説明版の内容には私は素人なんで立ち入りません。喜屋武監督に任せます。
私自身 説明版は外見がみすぼらしくなく立派で半永久的であればよいと考えています。
早く国建さんの工程表が楽しみです。
引き続き宜しくお願い致します。
比嘉 孝

川崎沖縄県人会や川崎今昔会をはじめ川崎市民が待ち望んでいた佐藤惣之助詩歌碑の移設が那覇市議会で議決されました。川崎市民の思いが那覇市議会に通じた瞬間でした。

◎飯塚正良ウォーキングダイアリーより
<喜屋武靖監督来訪 那覇市最新情報を聴く>        2020年3月4日
5月東海道交流館で開催を予定している佐藤惣之助展に出品することになった喜屋武監督の記録映画「佐藤惣之助の詩歌碑がたどる 川崎と沖縄の絆」が完成し、その打合せを兼ねて喜屋武監督が川崎市議会に立寄りました。喜屋武監督によれば、令和2年度中に佐藤惣之助の詩歌碑移設が完了した暁に、竣工式典を市当局は令和3年5月15日の惣之助の命日を予定しているようです。何故なら5月20日那覇市制100年記念の式典とつなげたいというのです。60年前の惣之助詩歌碑の落慶祝賀は3日3晩続いたと地元新聞は報じています。1年後であれば十分に時間はあります。関係方面と協議したいと思います。
そろそろ最終幕を迎えようとしています。
しかしこれからが川崎市民訪問団の本来の任務です。惣之助が絆いた川崎-那覇友好の橋を皆さんと共に渡りたいものです。

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