7月31日(水)<張徳天富川市長へ サッカー少年派遣延期中止を要請>

7月26日富川市より川崎市に、この夏予定されていたサッカー少年チームの派遣が延期となったことが伝えられた。
これに対して「川崎・富川市民交流会」は3名の共同代表連名で延期中止を本日付で申し入れた。
26日のウォーキングダイアリーでも申し上げたが、こういう時だからこそ、相互往来を実現し、交流を図っていくことが後世になっても評価されると。

【要請文】2019年7月31日
張徳天・富川市長 貴下

川崎・富川市民交流会 共同代表 裵重度(社会福祉法人青丘社理事長)
                   飯塚正良(川崎市議会議員・立憲民主党)
                  矢追三恵(川崎・富川〔日韓〕美術交流会)

川崎市との市民交流、韓・日の友好関係向上のためにご尽力いただいていることに心からの感謝と尊敬の気持ちを表明いたします。
さて、去る7月26日に、毎年交流を重ねてきた両市の中学生のサッカー交流について、富川市から8月の親善試合の延期が通告されたと伺いました。徴用工問題など歴史問題を発端に通商問題にまで広げた日本政府の対応に、韓国国民の日本側の歴史認識を厳しく問う声が背景にあるものと、私たちは受けとめております。
確かに、日本社会では植民地支配を反省せず近代化に貢献したなどという言論や、植民地支配への反省と戦後補償の観点を欠落した日韓基本条約を前提に、「これ以上譲歩しない」現政権の姿勢を評価する意見も多いです。
しかし、川崎市は在日コリアンの多住地域として、在日コリアンの人権とアイデンティティを尊重する政策を1970年代から実施し、本年は、主要に在日コリアンに向けられた差別的言動を行政刑罰で禁止する条例制定に取り組んでいるところです。
また、両市は、1990年から李時載(現・カトリック大学名誉教授)先生を中心に、川崎における地方自治研究を契機に市民交流を深め、1996年10月には貴市と友好都市協定を締結し、2003年には両市に「市民交流会」を結成して相互協力協定に署名し、今日に至るも市民交流を継続してきました。
特に政府間関係が悪化したとき、2001年の「歴史教科書歪曲に対する是正要求決議」を富川市議会が採択し、川崎市に「本決議に対する支持」を求められた時も、「過去を変えるな!未来を変えよう!」市民集会を開催し、富川側から市議と市民団体を受け入れ、川崎市教育委員会に申し入れました。2009年の富川市議会の「日本軍『慰安婦』問題解決を促求する決議」についても、第3回「過去を変えるな!未来を変えよう!」市民集会を開催し、富川側から市議と市民団体を受け入れました。
日・韓・在日コリアン高校生交流ハナ(하나)も2001年の教科書問題で富川市訪問の受入れが難しいと言われたとき、富川市青少年センターの館長は「こういう時こそ市民の交流が必要」と受け入れていただきました。本年からは「アゼリア合奏団inシニア」の訪問公演も実現できて、富川市内の各地で温かい歓迎を受けたばかりです。このように、川崎市と富川市の市民は、国家間の政治的立場が対立したときも、対立を避けるのではなく、共通の課題として受け止め、議論し解決のために尽力してきました。
張徳天・富川市長におかれましては、こうした両市の市民交流を想起していただき、中学生交流の延期を速やかに中止し、交流事業を再開されるようお願いする次第です。
国家や国民感情に合わせて自治体交流や市民交流を延期する措置をとればとるほど、国民のナショナリズムを高揚させてしまいます。ぜひ、富川市から市民交流の流れを再開させる先頭に立ってくださるようお願いします。

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